riumatiのブログ

高齢者医療専門医の女医がリウマチになり体不自由になり犬と生活しています、医療、生活など病にかんすることから医療界についてなど発信しています

むかない大学にそれでもいかせますか⁉️ガキ大将は大学いかず親方‼️息子のおさな友達

職人になった息子のおさな友達がいる。

息子より数才年上で、近所のガキ大将で、手下つまりうちの息子たち数人をつれあるいていた。

近所のお宅からは、柿はとってくるし。他の家の生垣をこえたり。彼らにも言い分あり

犬をおいかけていたのだという。

そのたびにあちこちにすいませんと頭さげてまわった。

じゃんけんでまけた子供がみんなのランドセル運ぶというゲームで負けたお子様。

このおぼっちゃまがうちのガキどもとちがい、きちんとした由緒ただしいおぼっちゃまでそこのお母さまが泣きながら、うちの息子をいじめたとこられた。

私はそのころガキ大将のおかあさんと仲良しであった。そのかたは中卒であった。

ほかの親よりしかられたらすいません、よく勉強になりました、お宅の子育ておしえてくださいとあやまれといわれておりそう話したら、某有名女子大でたお母さまは、非常によろこばれお帰りになった。

 

できそこないのガキどものお母さんたちはそれなりに連携くまないと、かれらはいたずらばかりしてあるき、あちこちからおしかりうけていた。

 

しかしあちこちに頭をさげることで親も大人になっていった。

 

いまはそんな子供たちいないなあと。

平成がはじまったころは、いた。

 

そのガキ大将も勉強が苦手。

ガキ大将の親が金があったので、いたずらばかりする彼にてをやき、とうくの寄宿舎にいれられたが毎週かえってきてしまい、手下をつれ走り回る。

 

で最後は地元の中学にいれたと記憶している。法律にふれることはしていないがやんちゃそのもので今考えたらほのぼのしい。

 

かれらの声が近所中ひびいていた。

 

実はかの有名な栄光学園のちかくに住んでいたが、かれらとはまったく違うガキたちであった。

栄光学園の子供たちはつかれきりおもい荷物を背中にしょってあるいていた。

かたや、この小さい愚連隊は、はだかにちかい状態ではしりまわっていた。

最後の昭和の子供たちかもしれない。

ある日、ガキ大将が中学生のとき家出したからとめてくれときた。

二軒となりから家出とはかわいいものである。

 

うちでごはんたべ風呂にはいり、息子と寝て、きがすんだのか次の日二軒となりにかえった。

 

私はなべごと夕食つくるので、愚連隊は毎日きてたべていた。

 

うちの前夫はそれがきにくわなかったようである。

 

帰宅したら近所中のガキがうちにあふれていたら仕事の疲れがとれないだろう。

それも夫婦中のわるさになったかもしれない。

息子の友達だけでなく娘の友達、男の子もやってきた。

 

そこの奥さんが夜、いわゆる洗剤などの営業にいかれるので、そこの子供たちもうちに夕食からきて風呂につかり、うちの娘と寝てしまう。

 

前夫が機嫌わるくなるのも無理ない。

 

家族だけでいるのではなくガキが必ずだれかいた。

 

玄関からでなくガキどもは、あちこちから家にはいる。

 

しかし、かれらはいま全員きちんとした職についている。

 

息子だけが長いこと学校にいきおくれやっとアリゾナに就職したが。

 

ガキ大将は今は、内装業である。

なんかあったらやるから声かけてよと。

息子とは時々飲みにいくらしい。

かれらガキが塾などにおとなしく通うわけない。

勉強となるとみんなくらくなり、うつになっていた。

いくら私が教えても、彼らは日本の受験勉強にはむかなかった。

近所の奥さんで私が医師だからか、宿題までみていてと預けるかたもいた。

 

うちの前夫は私におこりはじめた。なぜ、うちで夕食までたべさせないといけないか?と。
前夫がガキどもに家をのっとられ怒るのは無理もない。

 

一番大事なのは、自分を理解してくれる友人

 

私は私なりに社会性、私の周りの男性医師からたりないといわれたコミュニケーション能力を子供につけさせたかった。

 

一生のおさな友達がいたら、人生困ったときにすくわれるときがくるとおもっていた。

 

前夫は友達がすくない寡黙なまじめな人だった。

 

私は、コミュニティにはいり、子供会の草取りから、近所の奥さんたちと噂話をしたりとコミュニティーに完全にはいった。

ゴミ出しとかのルール決めとか町内会の雑用とかやった。

医師だと近所の奥さんたちもほとんどおもわなかった。

私をいじめる男性医師たちは、いわゆる普通の地域のコミュニティーにはいったことがないのであろう。

 

なんせお医者様だから、かれらは偉いのだろう。

または、やっと医師になれじぶんは偉いとおおもいなのだろう。

 

親にお医者さまも金持ちもない。

 

お医者様のお子さまがたは、精神的に弱い、なぜならまもられて金をつみ医師になるから。

ガキ大将の世界は、年功序列で、自分たちで、解決しないといけない。

苛めがあったらガキ大将が采配くだす。

大人がはいったらいけない。

いまね、おばさんみんなに苛められるのよと最近ガキ大将に電話した。

そいつら、いまごろ、やっと人を苛めるのを覚えたんすねと内装業のガキ大将がたかだかに、笑っていっていた。

子供の世界は、きちんと苛めなりけんかなりあってもかれらなりの社会でかたをつける。

ガキ大将が手下のうちの息子に小学生くらいのときに説教していた。

なんか仲間うちの問題らしい。

私はきかないふりをしていた。

いまは子供だけのコミュニティがないのではないだろうか?

たまに子供どうしつるんでるのをみかけるが。

社会性が育たない。

ガキ大将の社会では、親もまったく職業ちがう親とはなしをしないといけない。

お医者様だから、医者の妻だからなどが、ガキ大将に通じるわけない。

うちの息子だけを特別扱いしてがガキ大将の世界につうじるわけない。

ガキ大将の世界でうちの息子はNo.2のポジションをえたらしい。

それは、自分の力でやらないと親はてだすけできない。

なんでも親がてだしをするのは簡単。

子供をみまもり信じることのほうがてだしするより難しい。

子供のやることは信じてみまもる

 

息子は外国語は、不自由しないらしい。

何語はなせるか、確かめたこともない。

日本語以外ふたつかみっつの国の言葉がしゃべれるらしい。語学学校などいっていない。

友人やガールフレンドや海外への独り貧乏旅行でみにつけたのではないだろうか?

大学も二浪したがほっといた。

二浪したのち東京農大はいったときは、農業でもやるのかとおもったが、これもだまっていた。

フランス国籍の日本人の彼女ができてのぼせあがり、フランスにいきワインのんでから酵母にはまったらしい。

この彼女は私が大反対したので別れたが。

それからバイオ研究にのめりこみ、最後は岡山大学で博士号とりアリゾナ州立大学へ留学でなく就職した。

 

日本の医師で金の力で数年だけ、海外留学なさるかたは私の回りにかなりいる。

その留学をしたことで教授になったかたがいると私のこれまた個性豊かなおさな友達の女医がむくれていた。

 

うちの息子が、日本で就職などしたら、型にはまらないから仕事転々とするだろう。

アリゾナ州立大学のバイオ研究所は世界中の若者の論文や発表などみて、研究員をあつめているらしい。

だからアメリカは国力がさがらない。

日本のかたにはまった教育では、なぜ?の研究はできない。

ガキ大将はたのしそう

職人になったガキ大将もたのしそうである。

彼は大学に進学していない。

大学いったらいまの彼はない。

内装業が起動にのり、金もかせげて子供もでき、よかったなとおもう。

学歴より大事な友人

博士号とりアリゾナ州立の研究員になった息子は一生このガキ大将の手下である。

ガキ大将は学歴などで、息子に卑屈になっていない。

彼はいまや親方でうちの息子より仕事して地域にねずき、稼いでもいる。

 

金ではなく友達が子供をまもる

親がまもらなくても友達たちが息子を守る。
私は子育てで、親はどうせ早く死ぬのだから世間が子供を守ってくれないといけないと考えた。

金だけでは、人はまもられない。

人間の生け垣を子供にはつくってやらないといけない。

 

仕事場の友達でなく生まれ育った地域に友達は必要である。

私にもうまれてからのおさな友達いる。

医師の私でなく個人としてつきあってくれる友達がいる。

本当にこまったときも黙ってみんながささえてくれる。

私は育った村でそれを学んだ。今いじめにあっていて人格否定までされている。

 

しかし、友人たちはそんな人間ではないとみんなでささえてくれる。

息子を研究者に育てたのは、親ではなく友人たちである。

医者が特別な仕事だとおもうかわいそうなおじさんたち

仕事場にも理解してくれるひとはいるが、医師たちは自分たちは特別だとおもっているので私を理解できないおじさん達が多い。

 

どこか医師が特別なのか私には理解できない。

 

時間と金があれば医学部にははいれると私は小さいときよりいわれてきた。

特別なえらばれた人間が医師になるのではないといわれてきた。嫁いだ先でもそういわれた。

 

そうでないかたもいるが少し無理やり親に勉強させられた、小金持ちの息子が医師には多い。

 

大金持ちの子供は医師にならない。かれらは、事業をつぎ、やる。

 

金がないと医師の六年間の学費はだせないし、ある程度国立大学でも親の経済力が必要である。

手に職つけないと女は一人では生きていけないぞと親にいわれた。

私など医師にたまたまなっただけであるから。患者様のために働けばよいのである。

一般の職員はさぼったり、バイトなどいかずまじめに働いているのである。

医師は特別な仕事では断じてない。

私は自分のまわりのくだらないいじめをする、お医者様?をみて、日本はだから国力が衰退するのだなとおもう。

職人は日本の国力のために重要な仕事

内装業とか大工さんとかの職人は日本人でないとよいものがつくれないことがある。

親が子供をどうそだてるかは、よく考えないといけない。

多様化する社会、学歴は必ずしも必要でない

 

学歴ないから卑屈になるのは、おかしい。

それは頭があまりにかたい。

ひきこもりではと、いわれた歌手の米津さんをみてもいまは、いきかたは多様化している。彼の音楽は素晴らしい。

まとめ

 

まず子供を信じて子供をとうくからみまもることが大事である。

不倫などして子供をうらぎったら、子供には必ず傷がのこる。

たとえよい大学にいけても、大学いくだけでつかれて、あとののびしろがないのではないだろうか?

心に親の裏切りという傷は子供たちにのこる。

子供は、知らないふりをしても心に傷をうけている。

医師たちは、本当に不倫が絶えない。

だから子供たちが医師になったとしてもそれ以上でもそれ以下にもすすまない。

息子もガキ大将もしっかり子供時代勉強せず遊んだので、まだまだのびしろをのこしたままである。

ガキ大将が大学いかず、職人の道にはいったときは、私も心配したが、いまでは親方である。

いきいき水をえた魚みたいに仕事している。

宿題かかえ、かなしそうにしていたかれとは全く違う。

受験勉強にむく人はよい。

しかし、いいとしこいていいつけたな、ひをつけたななどいう大人は、子供時代なにをしていたのであろうか?

そんな苛めは子供の頃に卒業して大人にならないといけない。

相談した警察官も法務局のかたも、いいつけたななど、精神的に未熟なのですねとびっくりされていた。

なんだかばかばかしいと私もはなした。

精神的に大人になれないかれらにかかわるのも馬鹿らしい。

きちんとした⁉️ガキ大将に支配された社会でいきるほうが机にすわり勉強するより大切なことがあると考える。

さいころにきちんとした社会性を学ぶ必要ある。

こういう子育てをした私に社会性ないコミュニケーション能力ないというかたは理解ができない。

私には子育てしたおかげで、友人が専業主婦のかたから、キャリア・ウーマン、ガキ大将のような職人などいろんな職業、たちばのかたがいっぱいいる。

 

息子をしっている私の友人、男性たちだがアリゾナにみんなでいこうとはなしている。

 

かれらも型にはまらない大人たちであり、私の苛めをきき、ただ⁉️している。私にコミュニケーション能力ないとは思わない。

 

たんなる未熟な精神のまま大人になったかれらがサボりたいために苛めたにすぎない。

 

そこまでして地位や金がほしいのかになる。ばかばかしいとしかおもえない。

 

自由は金でかえない。

ガキ大将は本当にたのしそうに電話口ではなしていた。

かれにはやりたい仕事があり自由な精神がある。

学歴などかれには必要ないし、私のまわりの医師より立派な大人になった。

医師は患者様のために働けばよいだけである。職人はいい仕事すればよい。職業に差別はない。

普通の職業でさぼったり、バイトいったりがゆるされるのであればしたらよい。

ガキ大将に、おじさんたちのバイトの話をしたら、彼はたかだかに笑いころげていた。

 

彼は、苛めているおじさまたちと違い学歴はない。が精神的におじさまたちより大人に成長している。

おばさん、そんなやつら、ばかばかしいからほっといたら、と彼に笑いながらいわれ、そうだなとおもった。

彼の面倒みていた私は今や彼におしえられている。

ばかばかしいしかない。

かのタイタニックでは医師は一等客室にいれてもらえないほど昔より身分高い職業でないと自覚したほうがよい。

 

なにか勘違いしているのではないか?と周りのおじさん医師をみて考える。

大人に狭い社会でなれず、これでは地域の信頼などうまれないがガキ大将からそんなやからにかかわるなと。

高卒だが高学歴の医師より立派な社会人

 

彼は高卒である。

決してお金が親になかったわけでもない。

不良だったわけでもない。

親御さんが彼の個性をみとめたわけである。

いまの時代、偏差値だけで人生きまらない。

サラリーマンがむくかたもいるだろうし、彼みたいにまず体をうごかすのが好きな人間もいるだろう。

親がそれをみぬくべきだろう。

知人に息子にむりやり受験勉強させ、息子を精神病にしたかもいる。

おろかなはなしである。

自分で学問したいならそうするだろうし、職人ならその道にすすむだろうし。

私はひきこもりも個性だと考える。

米津さんの曲きいたときにいまはネットあるから固定観念で人間を一律にはかることできないと考えた。

彼の曲は、YouTubeで海外でもきかれる。